発酵と特殊精製 — 名前の先にある、七つの手法
2026-10-20
Washed、Natural、Honeyといった基本の工程に加えて、近年は発酵の進め方そのものを細かく設計する手法が増えています。ここで取り上げる七つは、いずれも単独の精製方法というより、基本の工程に重ねて使われる「追加の設計」です。ラベルに名前が書かれていても、それだけで工程全体が分かるわけではありません。
それぞれの位置づけを図で確認したい場合は、精製方法を比べるをあわせてご覧ください。
Four levers
特殊な発酵は、何を変えているか
微生物を変える
どの菌に発酵させるか
環境を変える
酸素や水との接し方
時間と温度を変える
どれだけ、何度で
加えるものを変える
果実やスパイス、酵母など
Lactic Fermentation(乳酸発酵)
乳酸菌の働きや乳酸の生成を利用・促進するように設計した発酵です。酸素の少ない環境では乳酸菌が優勢になりやすいため、密閉タンクを使うAnaerobicと組み合わせて行われることが多くあります。
乳酸は、柑橘に多いクエン酸や、りんごに多いリンゴ酸に比べて穏やかな酸です。ヨーグルトを思わせるまろやかな酸味や、丸みのある質感を狙って選ばれることがあります。一方で、発酵が進みすぎると酸がぼやけたり、乳製品のような香りが強く出すぎたりすることもあります。
Inoculated Fermentation(接種発酵)
選んだ酵母や微生物を加えて、発酵を制御する手法です。自然に任せた発酵では、その日の気温や、果実に付いている微生物によって結果がぶれます。ワインやビールの醸造で使われる酵母などを加えることで、発酵の進み方をそろえて再現性を高めたり、特定の香りを引き出したりすることを狙います。
ただし、酵母を加えれば必ず品質が上がるわけではありません。どの菌を、どの段階で、どれだけ加えたか。研究はまだ進行中で、生産者ごとの試行錯誤が続いている段階です。
Thermal Shock(温度差の洗浄)
発酵を終えた豆を、温度の違う水で続けて洗う工程を組み込んだ手法です。一般には、温かい水と冷たい水を順に使うと説明されます。発酵で生まれた香りを豆に定着させる、発酵をそこで止める、といった目的が語られますが、効果の仕組みについてはまだ十分な検証がありません。
コロンビアの一部の生産者を中心に広まった手法で、Anaerobicなど他の発酵の設計と組み合わせて使われることがほとんどです。香味の輪郭や抽出時の印象を調整するための工程、と理解しておくのが現時点では妥当です。
Koji Fermentation(麹発酵)
日本酒や味噌、醤油づくりでおなじみの麹菌(Aspergillus oryzae)を、コーヒーの精製に応用する試みです。麹菌が生み出す酵素によって豆の成分を分解・変化させ、香味を設計しようとするものです。
日本の醸造にとっては身近な存在ですが、コーヒーではまだ実験的な段階にあり、標準的な工程とは言えません。特殊な工程の一つとして、今後の検証を見ていく必要があります。
Submerged Fermentation(水中発酵)
チェリー、または果肉を外した豆を水に沈めて発酵させる方法です。伝統的なWashedの発酵槽も、水中発酵の一種と言えます。
水に沈めると空気に触れにくくなるため、Anaerobicと同じものとして扱われることがありますが、両者は必ずしも同じではありません。水の中にもある程度の酸素は溶けており、どれだけ嫌気的な状態になるかは、タンクの構造や水の入れ替え、管理の仕方によって変わります。
Extended Fermentation(長時間発酵)
通常より長い時間をかけて発酵させる設計です。数十時間から、ときに数日以上に及びます。発酵由来の香りや果実感を強める狙いがありますが、行き過ぎれば酢のような刺激臭や、不快な発酵臭につながります。
時間の長さだけで風味や品質が決まるわけではありません。同じ時間でも、温度が違えば発酵の進み方はまったく異なります。「何時間か」と同時に「何度で」を確認する必要があります。
Co-fermentedとInfused
果実やスパイス、酵母などを加えたり、他の原料と一緒に発酵させたりする手法です。果物やシナモンを思わせる香りが際立つロットの中には、こうした工程を経たものがあります。
ここで区別しておきたいのが、加えた原料の香りそのものが豆に移っている場合(Infused、添加)と、加えた原料を栄養にして微生物が発酵し、その産物が香りになっている場合(Co-fermented、共発酵)です。工程は生産者によって異なり、二つの境界がはっきりしないこともあります。
香料や果実を加えたコーヒーをどう表示すべきかについては、業界でも議論が続いています。買い手として大切なのは、何を加えたのか、それはいつ、どのように加えたのかを、売り手が説明できるかどうかです。
名前の先を読む
七つの手法に共通するのは、名前だけでは工程が分からないという点です。乳酸発酵と書かれていても、乳酸菌を加えたのか、環境を整えて自然に増やしたのかは分かりません。発酵の条件、時間、温度、加えたもの。そこまで確認して初めて、そのロットが何を狙って作られたのかが見えてきます。


